十郎は再び歩を進めた。
其の隣を、芳雄が歩く。
暫く無言で歩いた後、芳雄は其処に転がって居た石を蹴った。
石は二度跳ねて、ころころと転がり、
申し訳なさそうに止まった。
石の行方を目で追って居た十郎は、
石があまりに申し訳なさそうに座って居るのへ、
哀れに成ったのか、少し早足になって石に追いつき、
しゃがみ込んで拾い上げた。
地面に、ポツリと雫が落ちる。
雫は、徐々に数を増して行くようだった。
「ああ、矢張り降って来たか」
石を手の中で転がしながら、十郎は空を見上げる。
落ちて来た雫が、冷たく頬を打った。
十郎は、少しだけ目を細めて、立ち上がった。
「……雨に濡れた櫻というのが好きでな」
「見たところ、未だ蕾のようだが」
「ああ、そうさ。だから期待して居るんだ。
満開の頃に、一雨来ないかとね」
芳雄は、歩き出す十郎の背を眺め、歩き出さなかった。
十郎は振り返らない。
雨はとうとう、本降りに成って来た。
「ヨシよ」
十郎の声は、雨音に掻き消されて良く聞こえない。
「おれは、後悔なぞする積もりは無いんだよ」
「……」
「だから、何度だって言えるんだ。
云って仕舞えば、其れはおれが口にする言葉の中で、
唯一意味の在る言葉だ」
芳雄は、不思議と明確に受け取れる十郎の言葉を、
此れ以上聞かない為に耳を塞いだ。
つづく
※2000年3月 執筆
(2007年2月22日発行 個人誌より転載)
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